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目だけになって浮遊しながら

 ビーズクッションに座り、VRヘッドセットを装着する。視点は主観で、両手のコントローラーを使ってヴァーチャル上を移動することができる。本展のキュレーターである李静文氏が隣から声をかけ、操作のガイドをしてくれる。暗い空間内に球体が浮いている白い網目状の直方体があり、球体の表面上に展示コンセプトが書かれている。この球体は展示会場の入り口となっており、入るとまずLuigi Honorat氏の展示コンセプトが円筒状の回廊に添うように書かれている。それを読みながら空間をぬけていくと、Honorat氏の展示空間にたどりつく。この円筒状の回廊と、それに続く展示空間のセットを、伊阪柊 Isaka Shu氏、鷲見友佑 Washimi Yusuke氏、舒達 Shu Da氏の順にめぐり、最後に、ふたたび直方体と球体の外にある、クレジットロールが浮かぶエンディングスペースへと出て、鑑賞は終了した。

 この「実在しない彫刻」展のVR展覧会体験イベントにおいて、様々な距離や角度から作品を見たり、作品の内部に入るなど、ヴァーチャルリアリティ特有の鑑賞体験をすることができたと思う。私は今まであまりVRデバイスに触れる機会がなかったこともあり、素直にこの新鮮な没入型鑑賞を楽しむことができた。アーティストごとの展示空間は回廊を挟んで完全に分断されており、かつ鑑賞者はアバターを持たず、会場に他の鑑賞者の姿は表示されないため、自と他の意識も薄まり、ただ目だけになって浮遊しながら作品を眺めていた。まるで、博物館や美術館の、普段は閉ざされている展示ケースの中に入り、作品を見たり、触れたり、一体となったりしているようであった。集中を阻害するのは、「VR酔い」と表現される車酔いのような感覚のみである。

 本展にあわせて、2023年2月4日から2日間にわたって行われたトークイベントでは、小田原のどか氏、清水知子氏、林卓行氏、および出展アーティスト4名が登壇し、それぞれの展示コンセプトや、彫刻というカテゴリーに関わるディスカッションを聞くことができた。その中で、技術革新と同時に、社会の状況によってVR技術を作品に用いることの楽しみと、切実さが増しているという意見があった。人体の一瞬の動きをとどめた彫刻、ヒューマンスケールになった出入りできる空港の制限表面、人間の皮膚とモノとが融合した巨大な顔面、床のない建築に浮かぶ超立方体による仏教概念。確かに、彫刻というカテゴリーにこだわらず、それぞれのアーティストが全く別の興味や目標を持ちながら、VRという共通のデバイスを使用してそれを視覚化しようとする意志が、本展全体を形作っていたように思われる。ただ、今回の展示では出力媒体の限界によりポリゴン数などに制限が設けられ、アーティストの意志すべてがそこに達成され切っているわけではない。しかし、アーティストたちは新しい技術を使った実験を通して、予想外に生まれた形やその鑑賞経験を、興味深く楽しんでいるようでもあった。

 舒氏はトークイベントにおいて、今回の作品は「実在しない」というよりは「実在できない」ものであると述べた。本展において示された、VRという囲われた仮想空間の中でのみ存在でき、そして特有の鑑賞経験を提供できる作品は、プラットフォームの一般化が進めばさらなる多極重層化が進んでいくだろう。百聞は一見にしかずであるので、ぜひVRデバイスを通して、その実例たる「実在しない彫刻」展の実地を踏んでいただきたい。

山野井千晶

武蔵野美術大学美学美術史研究室教務補助員

東京藝術大学美術研究科美学研究分野修了

体験イベント風景 ​©︎ YUKI NAGAO

トークイベント風景 ​©︎ YUHENG WU

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